can’t wait

生活 海外移住 南国 海 日本語

選択

自分の親が認知症になる

なんて、想像できただろうか。

世の中には
医療関係、介護関係のお仕事をされている方がたくさんいらっしゃる

自分の進路を考える時に
医療関係に、と考えていた友人もいた

その子たちは実際に医療関係でお仕事をしている



でも自分は絶対に医療や介護なんて
考えもしなかったし
嫌だった

それは勉強が嫌、とかではなく
全く興味を持てなかったから

興味のない仕事はできない


母は、美しい人で

今でも白髪はほとんどないし
体力もめちゃくちゃある

料理もうまかったし、
裁縫や編み物、お花を生けたり
気付けば庭の掃除をしていたり
犬の世話もすごくしてくれていた
(私が欲しがったのに、
私は犬が4匹になってから大学生になって家にあまり帰らなかったり
5年後には東京に出てしまった)
f:id:FumikoB1985:20210306221903j:plain

とにかく良妻賢母の教育を受けてきました!!
みたいな人だった

そんな母は
私のように仕事をすることは無かった人なので
「いつまで仕事するの」
「いつまで東京にいるの」
「結婚しないの」
「孫が欲しい」


電話をかけてきては、
そんな内容が多かった

価値観の違い、とでも言うのだろうか
教育の差がここまで大きく出るのだろうか

私は結婚に魅力を感じないし
仕事は楽しいから続けている訳で
子供を産んでどうこう、、という生活が
今も全く想像ができない

そんな私の考えもあって
母からの電話はよく無視していた

またあの話か、、、、

そんな感じで。



それが今、思い出しては後悔している事ではある



母が認知症の介護認定を受けて4年


実際、私は仕事を変える、このタイミングにしか
実家には戻ってこなかった

出張が多かったので
大型の休み以外にも帰ってきてはいたけれど

この4年でも、かなり症状は進んで
今は朝の着替えから、
お風呂でのシャンプーやドライヤーまで
一緒にしている

機嫌が良い日は、着替えもスムーズだけど
調子の悪い日があって
そんな日は、朝、の感覚が無いみたいで
着替えよう、と言っても
わからへん。。となったり
怒って寝てしまったり
着替えまでできたけど部屋に戻って寝ちゃったり


書き切れないほどの謎行動もある

母はよかれ、と思っているのかもしれないけれど
こちらからするとすごく迷惑だったり

物をどこかに仕舞い込んでしまって
探すのにすごく苦労したり、、、




可哀想に、話し相手もいなかったんだろう
今は鏡の前に座ると
ずーーーーーーっと鏡の自分に話しかけている

私のことがわからなくなったのは

確か半年くらい前だと思う

去年の春、コロナの中
一度帰ってきた時は
私の名前は出てこなかったけど
私のことははっきりと認識していて
「あーーーー!おかえり!」
という反応だった

それが10月には一度行方不明になって
翌朝新幹線で急いで帰って
結局警察に保護されて
お迎え行っても反応は悪く
その日は一緒に寝たけど
翌朝、仕事のために母より先に起きて
東京に戻ると
「昨日誰かいた?」
と妹に言っていたらしい


実家に戻って2ヶ月が過ぎ
私の存在自体はわかってきた気がする

娘という記憶が無いのは全然いい


なるべくなるべく
母の機嫌のよくなるようにサポートして
イライラしたりせず
あの人は優しい人
という認識になっていきたい



そう思っているのは本心だけど

それでも母を置いて
海外に出るのは事実

自分の人生を
母の介護には捧げられない


この選択は
もうとっくにできている

それでも
辛い気持ちが無い訳ではない


たくさんのありがとうがあるよ
だから
そばに居る間は
一緒にたくさん笑いたい

f:id:FumikoB1985:20210306221926j:plain